SNSを開いたところ、ある話題で炎上していた。
「日本の4市がアフリカ諸国に与えられる」
「移民のための特別ビザを発行する」
――そんな投稿が数万回リポストされていたのだ。
調べた結果、どうやら発端は 8月20~22日にかけて横浜で開催された「第9回アフリカ開発会議(TICAD9)」。そこで国際協力機構(JICA)が、国内4市(山形県長井市、千葉県木更津市、新潟県三条市、愛媛県今治市)をアフリカ諸国の「ホームタウン」に認定したことにあるらしい。
実際にJICAや各自治体、さらには外務省でさえも「誤解です」と否定した。
──それでも、なぜこんな“誤解”が、ここまで多くの人に信じられたのか?
そして、もし10年後、本当に「移民の街」になっていても、誰も驚かないのではないか――そう思ってしまうのはなぜなのか?
1.事実の整理
①何が起きたのか
2025年8月20〜22日(TICAD9@横浜)で、JICAが4自治体をアフリカ4か国の「JICAアフリカ・ホームタウン」に認定
(今治市⇄モザンビーク、木更津市⇄ナイジェリア、三条市⇄ガーナ、長井市⇄タンザニア)。狙いは“既存の交流の強化(人材交流・イベント支援など)”。土地や権利の移転、特別ビザ発給は想定されていない。
②海外報道で拡散のタネになった表現
タンザニアのニュースサイト The Tanzania Times が
“Japan dedicates Nagai City to Tanzania(日本が長井市をタンザニアに捧げる)” と見出し。本文でも “dedicated / awarded” 等の語が使われ、SNSで「寄贈/献上」と受け取られた。
BBC News Pidgin では、「木更津に住み働く若いナイジェリア人向けの“特別ビザ”を日本政府が創設」 と解釈できる記述が紹介され、これが国内外で引用・拡散された。
③国内の公式見解(否定・説明)
JICA本部:ホームタウンは交流強化の枠組みであり、「移民受入れ促進」「特別な査証の発給」「日本の土地や権利の譲渡」等はいずれも事実に反する と明確に否定。
外務省(8月25日 報道発表):国内外の“事実と異なる報道や発信”に対し、特別ビザ等は想定せず と公式に整理。
長井市:「本市がタンザニアの一部になる」「移民を積極的に受け入れる」事実は一切ない と市長コメントを掲出。
木更津市:市長が 「移住・移民の受入れや特別就労ビザ緩和の要請・承知は一切ない」 と表明。
三条市:「移住や移民の受入れにつながる取り組みではない/特別就労ビザ緩和は事実と異なる」 と告知。
今治市:NHK等の取材に対し 「移民政策ではなく、文化交流・人材育成・産業連携が目的」 と回答。
2.「誤解です」で終わらない問題
確かに、JICAも外務省も各自治体も、そろって「誤解です」と否定した。
表向きはこれで幕引きだろう。
「ただの誤解だったんだから安心してほしい」――そういうメッセージだ。
だが、本当にそれで終わる話だろうか?
ここで考えるべきは、
なぜこの“誤解”が、数百万回以上も閲覧され、数万人が本気で怒り、恐れ、拡散したのか。
なぜ「そんなことあるはずがない」と突き放せずに、多くの人々が「もしかしたら」と思ってしまったのか。
それは単なる情報リテラシーの問題ではない。
もっと深い、構造的な不信と歴史の積み重ねが、この誤報を「あり得る話」にしてしまったのだ。
3.海外報道と国内否定のズレ
誤解が拡散した背景には、海外メディアの報じ方がある。
タンザニアのニュースサイトは「Japan dedicates Nagai City to Tanzania(日本が長井市をタンザニアに捧げる)」と報じた。
BBC News Pidgin では「木更津市に住み働くナイジェリア人のための特別ビザを創設」と解釈できる記述が紹介された。
もちろん、これは翻訳のニュアンスや文脈の問題もあるだろう。
だが、こうした海外記事がスクリーンショットでSNSに流れたとき、「日本政府が公式に否定しました」という発表よりも説得力を持ってしまったのだ。
なぜか?
それは、日本人がすでに 「国内発表より海外報道のほうが信用できる」 という心理を抱き始めているからだ。
政府や自治体が「誤解です」と言えば言うほど、むしろ「だから怪しい」と受け取られてしまう。
海外報道が誇張され、国内は否定する。
この「ズレ」こそが、国民に疑念を植え付け、誤情報を「現実的な未来」に変えてしまう土壌になっている。
4.「絶対大丈夫」神話の崩壊
なぜ人々は「誤解です」と言われても、素直に安心できないのか。
それは、日本人が長いあいだ “絶対大丈夫”と言われて裏切られてきた経験 を積み重ねてきたからだ。
- 原発
「日本の原発は絶対安全です」と繰り返されていた。
しかし2011年、福島第一原発事故が発生。
「想定外」という言葉で片付けられたが、国民の記憶には「絶対安全は嘘だった」という事実だけが残った。 - 年金制度
「100年安心」「絶対に破綻しない」と宣伝されてきた。
だが現実は、受給開始年齢の引き上げ、給付額の減少。
若い世代にとって年金は「払っても戻ってこないかもしれない制度」になってしまった。 - バブル経済
「土地は値下がりしない」という神話が広く信じられていた。
しかし1990年代初頭のバブル崩壊で土地価格は暴落し、ローン破綻や倒産が相次いだ。
生活基盤を失った家庭も少なくなかった。
こうして並べれば明らかだろう。
「絶対」「安心」「大丈夫」と言われたものほど、最終的に崩れてきた。
だからこそ、人々は「ホームタウンは誤解です」と言われても、「10年後には移民の街になっていたとしても驚かない」と感じる。過去の“絶対大丈夫神話”が次々に破綻してきた歴史が、その感覚を後押ししているのだ。
5.人々が“誤解”を信じた理由
なぜ人々は「誤解です」と言われても、簡単に安心できなかったのか。
そこには、いくつかの心理の働きがある。
- 否定されると逆に怪しく見える
政府や自治体が「そんな事実はありません」と言えば言うほど、「じゃあ裏があるんじゃないか」と勘ぐってしまう。 - SNSの“空気”に飲まれる
「海外の記事にそう書いてあった」という投稿が一度流れると、怒りや不安が一気に広がり、誰もがその空気に巻き込まれる。 - 自分ごとに感じてしまう
普段は政治に興味がなくても、「自分の街が外国に与えられる」と聞けば、突然身近な問題として考えざるを得なくなる。 - 本来の目的がすり替わる
交流のための制度だったはずが、「移民政策」「国土の切り売り」といったイメージに変換されてしまう。
こうした心理が重なったとき、誤解はただの“デマ”ではなく、「もしかすると本当かもしれない未来」として人々の心に残ってしまう。
6.結論
今回の「ホームタウン騒動」は、表面的には「誤解でした」で済む話かもしれない。
だが、多くの人が「もしかしたら」と感じ、SNSで炎上するまでに拡散したのは、単なる情報の問題ではない。
過去に私たちは、
「原発は絶対安全」
「年金は100年安心」
「土地は値下がりしない」
――そう言われてきた。
そのたびに裏切られ、生活や未来に大きな負担を背負わされてきた。
だから今回も、公式がいくら「誤解です」と言っても、心のどこかでそれを完全に否定できない国民がいる。それは誤報そのものが問題なのではなく、誤報がリアルに響くほど政府への信頼が損なわれているということだ。
「絶対大丈夫」という言葉を鵜呑みにしてはならない。
10年後には移民の街になっているかもしれないのだから。
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