「何もしなくてよかったあの頃」が恋しいとき、わたしたちは“自由”に疲れているのかもしれません。
~3歳に戻りたい?ぺんしるくんとかえるくんの雑談~

3歳くらいに戻りたいわ
何しても怒られへんし、寝てても可愛いで済むやん

いややわ……これまでの地獄をまた繰り返すはめになるやんけ

地獄って……3歳やぞ?
ジュース飲んで、寝て、起きたらまたジュースや
天国やろ?

思ってること言えへんし、自分でケツも拭けへん
知らんおっさんに頭なでられたりもする
覚えてないから「後悔」すらできへんやん
ジュースを飲ませすぎた親父が母親との意見の相違で喧嘩しはじめたらどうすんねん

やけにリアルな例えやんけ
それはそれや、3歳なら泣きわめくだけや

どうしようもない中で、見てしまうねんて
何もできんで泣くしかない自分、もう一回体験すんの、無理やわ

でも「将来どうするん?」って聞かれへんぞ

「おむつどうするん?」とは聞かれるぞ

フルチンで走り回って、叱られながら履かされるだけや

いや、全部他人任せの人生って、むしろ怖いやろ
「考えなくていい」は楽やけど、逆に「選ぶ権利がない」ってことやで?

今の選択肢が多すぎて病んでるんや
この飽和時代、選択肢が多すぎるんや

じゃあせめて、5歳ぐらいにしとけ
お子様ランチ食えるし、しゃべれるし、記憶も残るかもしれん

……5歳か
でも、お子様ランチって、思ったより腹ふくれへんやろ
2セットは食えるな

お前、現実戻ってきとるやんけ

選べへんって、楽そうに見えるけど……
育つかどうかも、誰かの気分次第やからな
教訓
選べない時期には「自由」に憧れ、選べるようになると「不自由」を嘆く。
けれど、「選べる=幸せ」とは限らない。
逆に、「選べない=不幸」とも言いきれない。
誰かに委ねていた時代には、知らずに守られていたものもあった。
選択肢がある今、守るべきものは、いつのまにか「自分自身」になっている。
おまけ
心理学者エーリッヒ・フロムは、自由とは「何をしてもいい状態」ではなく、“選び続けることの不安と責任”だと言いました。
そしてその責任が重くなると、人は「誰かに決めてもらいたい」と願い始める。
それが“自由からの逃走”です。
かえるくんは、無自覚にその方向へふらっと足を向けているのかもしれません。
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