5月19日、石破茂首相が「日本の財政はギリシャより悪い」と発言した。
その後、6月9日には「統計上の話」と弁明。
減税論議を封じるかのようなこの発言の背景には、どんな政治的意図があったのか?
本記事では、発言から1カ月以上が経った今だからこそ、「危機感政治」と「責任回避の構造」に焦点を当て、問いを重ねながら振り返る。
政治は、いつから“危機”を都合よく使うようになったのか?
Q1.なぜ石破首相は「ギリシャより悪い」と言ったのか?
石破首相は5月19日の参院予算委員会で、こう述べた。
「わが国の財政状況は、間違いなく、極めてよろしくない。ギリシャよりもよろしくないという状況だ」
この言葉の背景には、減税への牽制がある。
「税収は増えているが、社会保障費も増えている。減税し、その財源を国債に頼るわけにはいかない」と続けたのだ。
つまり、「減税を否定するために“財政危機”を引き合いに出した」というのが、この発言の文脈だ。
しかし、そもそもその“財政危機”は、誰が生み出したのか?
Q2.“財政危機”は、そもそも誰が作ったのか?
日本の財政赤字は、30年以上続いた自民党政権の政策の積み重ねでできている。
90年代以降、公共事業、景気対策、社会保障拡大を繰り返してきた。
そのたびに国債は膨らみ、今やGDP比で世界最悪水準となっている。
だからこそ、自ら作った赤字を理由に減税を拒むのは、“自己矛盾”でしかない。
これは、消防員が自分で作った火事を理由に「消火剤は高いから撒けない」と言っているようなものだ。
では、なぜこの発言を後になって弁明したのだろうか?
Q3.なぜ後になって「統計上の話」と釈明したのか?
6月9日の参院決算委員会で、石破首相はこう釈明した。
「債務残高の対GDP比が根拠だ」
「粉飾はない。財政の信認を維持しなければならない」
発言に市場がざわつき、党内でも問題視されたことで、「事実を言っただけ」と言い換えたのだ。
ここに透けて見えるのは、危機感を国民に植え付けつつ、批判が強まればすぐ引っ込めるというアドバルーン発言のような政治的態度だ。
では、こんな発言の背景には、どんな意図があるのだろう?
Q4.この“危機感の植え付け”は、どこへ向かうのか?
政治が「危機」を口にするとき、それはたいてい増税か緊縮の布石だ。
「消費税は社会保障のため」
「財政破綻しないために増税が必要」
そんな言葉が何度も繰り返されてきた。
その一方で、政治は自らの失政や責任には踏み込まない。
“責任転嫁”が常に優先される。
今回の「ギリシャより悪い」も―――
“増税への地ならし”に使われる可能性があったということだ。
では、私たちが本当に問うべきことは、何だろう?
Q5.今、私たちは何を問うべきか?
重要なのは、「財政危機があるか、ないか」ではなく、「その危機を作ったのは誰か?」だ。
そして、「その責任が不問のまま、さらに国民に負担を求めるのは正当なのか?」
国民の不安を煽ることで政策を通そうとする、この“危機感政治”こそが、最大の問題ではないだろうか。
「危機を煽る政治」、これこそが最大の危機ではないだろうか?
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