【短編】赤き大竜と若き英雄

短編小説

 遥か昔、栄華を極めた穴蔵の小人ドワーフ族の城。現在は長命な種族の中でも当時を知る者はほんの一握りだろう。灰色で朽ちるのを待つばかりの石と砂で作られた穴蔵あなぐらの城。城の主である穴蔵の小人ドワーフ族は何処か遠い世界へ旅立ち、今は人ならざる者たちが我が物顔で闊歩する。

その城の最奥地、金銀財宝の集められた宝物殿。財宝の山は一山だけでは済まず、二山、三山と見える限りの黄金の山が築かれている。黄金の山の谷間を、金の川が流れるほどだ。そのうちの山の一つに、一匹の巨大な生き物が埋もれながら微睡んでいた。馬のつらにも似た爬虫類のような生き物で、二本の角が頭の横から生え、身体は獅子の様。背からは蝙蝠こうもりのような皮膜の張った翼。四足よんそくの手足には鋭く、強靭な鉤爪。全身は真っ赤な鱗に覆われ、尻尾はすぅっと伸びた、太く蛇みたいな柔軟でしなやかな尾。

古今東西、その呼び名は数あれど、神代からの最強生物。鱗は鋼、二対の翼を羽ばたかせれば暴風が巻き起こり、四足しそくで駆ける姿は誇り高き一族の末裔。万年の時を生きたこの生き物の知識は、賢者を凌ぎ、この生き物の言語ことばは世界の摂理を捻じ曲げる。

それは竜。

財宝の重みに身を委ねながら、この大竜はいつまでも眠る。この大竜、己の欲はすべて満たしていた。空腹で死ぬこと無く、己が求めるがままに知識を、財宝を集めた。その結果、大いに暇を持て余した。このほらに籠るようになって数千年。収集した財宝に身体を埋めながら、思案の海を漂う。小さく吐息にも近い欠伸を漏らした。

「ぼくは…ぼくはスニー。スニー・テウルギア」

その声に、うたた寝をしていた竜は数十年は開けることがなかった目を開けた。大竜の前足の先に、一人の少年が居た。

ダレだ、貴様キサマァ」

大竜は、数百年ぶりに言葉を発した。真っ赤な丘に見間違えるほどの大きさの大竜のその一部が割れ、隙間からナイフほどの歯が垣間見える。

「もう!さっきも言ったけどね!ぼくはスニー!スニー・テウルギアだよ!」

財宝の山に埋もれて大竜は黙考するが、そもそもヒト族などという貧弱な種族の友など居らぬし、居たとしても悠久の時を生きる竜種の寿命と異なり、既に朽ちていることだろう。
財宝の上に立つ人間を盗人だと紐づけた。少しでも不穏なことをすれば、爪で引き裂いてやろう。

「失せろ、矮小わいしょう貪欲どんよくヒト族の餓鬼ガキよ」
「つれないなあ、キミは。ぼくは!ぼくは英雄になりたいんだ」
その少年は屈託のない笑顔を見せる。

「何を言っておる、ヒト族の餓鬼よ」

スニー・テウルギアと名乗る少年は、この世界であれば最も多数派の種族。それはヒト族。髪は甘栗色で短め。竜を目の前にしているとは思えないほど軽装。何処にでも売っていそうな、だぼついた半袖のプルオーバーシャツに、半ズボンを履き、茶色い革靴。そして、顔を除けば肌が一切隠れていた。指の先から肘まで、首下から鎖骨まで、足首からふくらはぎまで、真白な包帯で隠れていたのだ。服や靴で隠れている場所、顔以外はすべて包帯が幾重にも巻かれている。

大竜は、また黙考した。ヒト族と言えば、貪欲で高慢で無知だと相場が決まっている。他種の特徴、文化を知っていたとしても、その種族の個に対してまでは興味が湧かなかった。

「ぼくは英雄になりたいんだよ!」
大竜の前で少年はキーキーと喚いた。
「だったら何だと言うのだ?ヒト族の餓鬼よ」
「英雄といえば竜!どんな英雄も竜と対峙するんだ!」
「貴様のようなヒト族の餓鬼が!我を退治し、竜殺しを成そうと言うのか!!」
そういうと大竜は口角をつり上げ笑い出した。
「ひ、ヒト族の!が、餓鬼の貴様が!神代じんだいより生きる我を退治するとはなァ!」
「むー、もういいよ!」

スニー・テウルギア少年は笑いこける大竜を前に、だぼついたプルオーバーシャツを脱ぎ捨てた。革靴も足のつま先にかかとを引っ掛けて引っこ抜き、無造作に放り出す。大笑いする大竜を他所に、手の先からくるくると手に巻かれていた包帯をほどいていく。

「この包帯はね、ぼくの特別製なんだ。」

手の平、手の甲までが露わになる。だらりと手首から余った包帯がしだる。病的にまで真白な肌に、黒い紋様が描かれている。両手の甲の親指の付け根から人差し指の付け根にかけて、手のふちに欠けるような三日月の円紋。各指にもびっちりと不可思議な文字が書かれている。各手の平の中央にも円紋、更にその円紋に沿うように手首側が欠けた半円紋。円には幾何学的な模様と文字がいくつも黒文字で書かれていた。

大竜がその刺青をちらりと見て、ぴたりと笑うのを止めた。

「そのしるしィ!貴様、魔術師だなァ!」
「ぼくの一族はね、生まれた時から魔力量が人よりも多いんだ。」
「人間に限らず、生物とはバランスが全てだ。何処かが尖れば何処かが潰れるもんだ。」
「そう!そうなんだよ!この魔力量のせいで、ぼくの一族は小さい頃から虚弱体質なんだ。」
「よくその歳まで生きてこれたもんだ。」
「ぼくは天才だからね!だから、少し自分に不正イカサマをしたんだ。」
「それがその印というわけか。」
「そうでもしなきゃ、ぼくは英雄になれないからね!」

だから、と少年は言葉を繋ぐ。

「ぼくはキミと対峙するんだ。その後、友達になってもらうんだ!」

スニー・テウルギアは笑う。

「我を下し、友となり、英雄を目指す。…貴様は面白い小僧だ。所詮は瞬く間しか生きぬヒト族に付き合うのも悪くない。だがしかし―――我はこの財宝たちに抱かれて眠るのが好きだ。故に貴様には着いていかぬ。」

大竜はこうべを下げ、腕の上に顎を置いた。気持ちよく寝ているところに、どこからか現れた翅斑蚊はまだらかによって惰眠を貪るか、それとも起床して叩き潰すか迷う人間にように、瞼を苛立たせる。

「じゃあいいよ?無理やり連れていくから!」
「ただの阿呆め。魔術師の小僧が一人、どうやって我を下すつもりだ?」
「ぼくの力で、ここから引っ張り出す!」
「どこまでも阿呆の小僧め。そこまで引かぬというのなら仕方あるまい。我は目の前の羽虫を追い払っただけ。蟻が象に挑んだ己の無謀、無能さを恨むことだな。」

大竜が前足を使って体を起こすと、肩や翼に積もった黄金が背筋からじゃらじゃらと流れ落ちた。大竜は、苛立つ人間らしく等間隔に喉奥より舌打ちのような音を鳴らした。ズラリと並ぶ牙の隙間から炎が溢れる。それは竜種リュウシュの最も原始的で、最も暴力的な力。

大竜が背を反らせて、胸を大きく膨らませる。
「手加減出来ぬが故、あの世で我を恨むなよ。」
少年は唱える。
「精霊よ、精霊よ。砂、舞い上げて映すはみなが探す異界の扉。明けきらぬ朝を知らぬキミはここに来る。」
スニー・テウルギアの右手が青白く輝く。

大竜の体内で生成された化合物が、喉奥の発せられる音と共に着火し、灼熱の炎が口内から噴き出す。

「我が術、直ちに成せ…Spiritusスピリタスの手!」

より一層、少年の右手が輝きを増した。迫りくるは紅蓮の壁。赤い津波に少年は飲み込まれた、かと思われた。突き出した少年の右手へと炎が吸い込まれ、収束し、やがて青白く光っていた手が朱と金色の炎が手に宿る。

「貴様のその術、働術どうじゅつか!悪魔を、神を動かし働かせる術。貴様は、更にその上、自らに悪魔を宿すか。」
「悪魔ぁ?違うよ?この子たちが悪魔のわけないじゃん。ただ単に純粋なだけ。キミだってそうでしょ?」
「我が純粋?何が我と同じだというのだ?」
「キミが人の世を、穴蔵の小人ドワーフ族を森の妖精人エルフ族の世界を燃やそうが、それがキミの世界の常識だろう?」
「知らぬ。我は我の思うように生きたのみ」
「だから、それがキミの常識ってことでしょ?」
「まだ、生まれて間もない人種の小僧に常識を教わるとはな」
「それで?竜クンは、ぼくのこの炎で財宝を焼き尽くされるのか、ぼくに着いてくるのか、どっちがいいの?」
「人種の小僧が我を脅すか!ますます面白い小僧だ!良かろう、我が炎に耐えた人種ヒトシュの小僧に免じて、不本意ながら貴様の友になってやろう。」

秘境の更に奥地。遥か太古に「穴蔵の天岩城」と呼ばれた洞穴より、一匹の灼熱の赤き鱗を持つ大竜が飛び立った。背には、ヒト族の子供を乗せていたとかいなかったとか。


あとがき
数年前に見た夢をもとに書いたものです。
フォルダを整理してたら出てきたので残すことにしました。

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